契約書をAIに読ませていいか。署名の前に、ひとり事業主がやっていいこと・ダメなこと
取引先から届いた契約書をAIに貼り付けていいのか。秘密保持の約束に触れるケースと、名前を伏せて「読む手伝い」だけさせる手順、弁護士に払うべき場面の見分け方をまとめました。
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先に結論を書きます。
契約書は「そのまま貼る」のはダメ、「名前と金額を伏せて、読む手伝いをさせる」ならアリです。 そして、AIに任せていいのは「分からない言葉を平たくする」「相手に聞くことを洗い出す」まで。「この契約でサインして大丈夫か」の判断は、AIに任せてはいけません。
なぜ「そのまま貼る」のがダメなのか
理由は2つあります。
1つ目は、相手との約束を破る可能性があること。 取引先とNDA(秘密保持契約。「この取引で知ったことは外に漏らしません」という約束)を結んでいる場合、契約書の中身そのものが「秘密情報」に含まれていることがよくあります。AIのサービス会社は、あなたと取引先のどちらでもない「第三者」です。そこに中身を送ることが、約束違反と見られるおそれがあります。
2つ目は、「学習させない設定」をしても送信は止まらないこと。 多くのAIには「入力内容を学習に使わせない」設定がありますが、これは学習に使われないだけで、文章がサービス会社のサーバーに送られること自体は変わりません。 設定したから秘密を守ったことになる、とは言えないのです。この考え方はAIに入れていい情報・ダメな情報でも書きました。
弁護士による解説でも「NDA上の義務は、学習を止める設定では解消されない」という整理がされています。
貼っていいかの判断表
手元の契約書を、次の表に当てはめてください。
| こういう契約書 | そのまま貼る | 伏せてから貼る |
|---|---|---|
| ネットで公開されている利用規約・ひな形 | ○ | ○ |
| 自分で作った見積書・自分側のひな形 | ○ | ○ |
| 取引先から届いた業務委託契約書(NDAなし) | △ | ○ |
| NDAを結んだ相手の契約書 | × | △(NDAの条文を先に確認) |
| 契約書そのものに「本契約の内容を第三者に開示しない」とある | × | △(同上) |
| 相手の技術情報・未公開の計画が書かれている | × | × |
「△」のものは、NDAや契約書の秘密保持の条文を先に読んでください。 「契約の存在及び内容」まで秘密に含めている条文なら、伏せても慎重に。迷ったら、相手に「条文の確認にAIツールを使ってもいいですか」と一言聞くのが一番確実です。断られることはそう多くありませんし、聞いたこと自体がきちんとした取引先だという印象になります。
伏せてから読ませる手順(10分)
- 契約書をテキストにする。 PDFなら文字をコピーして、メモ帳に貼る(PDFをそのままアップロードしない。何が送られるか見えなくなるため)
- 固有名詞を置き換える。 相手の会社名は「甲」、自分は「乙」。人名・住所・電話番号・口座は消す
- 金額と日付を置き換える。 「月額〇〇円」「〇年〇月〇日」にする。支払条件の読み取りに金額は要りません
- 特殊な中身を消す。 相手の商品名・技術の説明・取引の中身が分かる部分は「(業務内容)」とだけ書く
- AIに貼って、次の頼み方をする
以下は、私(乙・個人事業主)が受け取った業務委託契約書です。法律の専門家ではない私が理解できるよう、条文ごとに平易な言葉で説明してください。そのうえで、①私にとって不利になりうる条文、②意味があいまいで相手に確認したほうがいい点、を分けて挙げてください。判断に自信がない部分は「専門家に確認」と書いてください。
最後の一文は必ず入れてください。これを抜くと、AIは分からないことも言い切ります。この性質はAIが平気で嘘をつく理由と、嘘を見抜く3つの方法に書きました。
AIに任せていいこと・ダメなこと
| 作業 | AIに任せて | 理由 |
|---|---|---|
| 難しい言葉を平たくする(「瑕疵」「善管注意義務」など) | ◎ | 間違っていても調べ直せる |
| 条文の要約・全体の構造をつかむ | ◎ | 読む時間が3分の1になる |
| 相手に聞くことのリスト化 | ○ | 聞き漏れが減る |
| 「よくある契約書と比べて変な条文」を探す | ○ | ただし見落としはある前提で |
| 修正案の文章を作る | △ | たたき台まで。出す前に必ず自分で読む |
| 「サインして大丈夫か」の判断 | × | 間違いに自分で気づけない |
| 相手に「法的にこうです」と伝える根拠 | × | 根拠が間違っていたら交渉が崩れる |
線引きは、間違っていたときに自分で気づけるかどうかです。言葉の意味は後から調べられますが、「大丈夫」と言われて署名したら取り返しがつきません。この考え方はひとり事業主がAIに任せていい仕事・任せてはいけない仕事と同じです。
ひとり事業主が特に見るべき条文
AIに「不利な条文」を挙げさせると、たいてい次のあたりが出てきます。出てこなかったら、自分から聞いてください。
- 損害賠償の上限があるか(上限がないと、1件のミスで報酬の何倍も払う可能性がある)
- 支払いの期日(「検収後」の検収がいつ終わるのか決まっているか)
- 途中解約のとき、それまでの作業代が払われるか
- 成果物の権利(作ったものを自分の実績として見せていいか)
- 競業禁止(同業の他社の仕事を受けられなくなる条文がないか)
なお、2024年11月から「フリーランス・事業者間取引適正化等法」(いわゆるフリーランス新法)が施行され、発注する側には取引条件を示すことなどが義務づけられています。自分が対象になるか、どんな相談先があるかは、政府広報や公正取引委員会の案内で確認してください。
よくある失敗
失敗1:PDFをそのままアップロードする
一番多いのがこれです。PDFには、本文以外に作成者名・会社名・過去の修正履歴が入っていることがあります。自分では伏せたつもりでも、送っている中身が見えません。文字をコピーしてメモ帳で伏せる、を面倒がらないでください。
失敗2:「問題ありません」を信じて署名する
AIは「一般的な内容で、大きな問題は見当たりません」とよく答えます。でもそれは、あなたの業種の慣習も、相手との力関係も知らない上での一般論です。問題ないと言われた条文こそ、自分で1回読んでください。
失敗3:AIの指摘をそのまま相手に送る
「この条文は法律上無効です」とAIが書いたものを、そのまま修正依頼に貼るのは危険です。間違っていたら、こちらが恥をかくだけでなく、交渉の信用を失います。相手に送るのは**「この条文の意味を確認させてください」という質問の形**にとどめるのが安全です。
弁護士に払うべき場面
AIで読む手伝いをしても、次に当てはまるなら専門家に相談してください。
- 契約金額が、自分の年間売上の1割を超える
- 損害賠償に上限がなく、業務の中身がミスの起きやすいもの
- 何年も続く契約・自動更新で抜けにくい契約
- 相手から「今日中にサインを」と急かされている
逆に言うと、少額で単発、ひな形どおりの契約なら、AIで読んで疑問点を相手に聞く、で十分なことが多いです。弁護士の相談料は事務所によってまちまちなので、事前に確認してください。
なお、この記事は法律の助言ではありません。個別の契約の判断は、必ず弁護士などの専門家か、公的な相談窓口に確認してください。
向かない人
- 相手の技術や未公開の計画が書かれた契約を扱う人。伏せたら何も残らないので、AIで読む意味がありません
- 業界特有の契約(建設・医療・不動産など)が中心の人。一般論のズレが大きく、業界の専門家に聞くほうが早いです
- 「AIがいいと言ったから」で気が楽になってしまう人。判断を預ける癖がつくと、一番危ない使い方になります
まとめ
- 契約書をそのまま貼るのはNG。NDAの「第三者に開示しない」に触れるおそれがある
- 「学習させない設定」は送信を止めない。設定だけで安心しない
- PDFは使わず、文字をコピーして会社名・人名・金額・日付を伏せてから貼る
- AIに任せるのは「平たく説明」「確認すべき点の洗い出し」まで
- 「サインして大丈夫か」はAIに聞かない。金額が大きい・長期・急かされている、なら専門家へ